日本最大のニュータウンと言われた「千里ニュータウン」も44年の月日が流れ、
大きく様変わりしました。人口のピーク時(昭和50年/128,993人)には、
小学校1学年に10クラスもいたという子どもたちが成長し、職に就き、結婚をして、
独立していくと、当時は憧れであった団地群も、やがて時代にとり残されて行きました。
古い時代の建物や間取りは、若者たちのライフスタイルやニーズに応えることができず、
人口は減少傾向になりました。
住んでいる人々の高齢化が進み、街は少しずつ老いてゆきます。
賑わいを見せていた近隣センター(商店街)も活気を失い、
閉店を余儀無くされるお店も増えていく中、
政府や大阪府もこのオールドタウンと揶揄される街の行く末を案じ始め、
調査・研究をスタートさせます。いかに千里ニュータウンを再生・活性化させていくべきか―。
まず平成6年から千里ニュータウンの中心地区である
千里中央エリアの「千里中央地区将来構想」が立ち上がりました。
現在その構想に基づいた再整備を推し進めています。
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