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北摂千里フォーシーズンズサロン 失われつつある「未来への夢」を求めて 〜今ふたたび「大阪万博」
すべてにおいて過去最高だった大イベント
 今、「大阪万博」がブームだという。といっても36年前の、あの日本全土を巻き込んだ熱狂的ブームとは違い、静かな、しかし確実にじわじわと広がっているブームである。ブームの兆しは、2003年秋、太陽の塔の内部が33年ぶりに公開されたとき。定員1970名に対し、何と2万4千通もの応募があったという。そんな万博ファンや万博を知らない世代のために万博に触れる「マニアエキスポ」が2003年から毎年、開催されている。(2006年は9月23日〜10月1日開催)

 大阪万博の開催が決定したのは、1965年9月。日本で、アジア初の万博の開催であった。場所は、大阪府下の千里丘陵。辺り一面竹林や雑木林に覆われた、文字通りの広大な「丘陵」を切り開いて、会場建設の槌(つち)音が響いた。
 それに先立つこと1961年より開発が進んでいたのが当時日本最大のニュータウンとして注目を集めた「千里ニュータウン」だ。万博と千里ニュータウンはほぼ同時代に千里丘陵の風景を一変させたのだ。高速道路も、電車の線路も、ニュータウンと万博に合わせて急速に整備・建設されるなど、「大阪の千里」から「世界の千里」へ向けての準備が進められた。
 それから5年後の1970年3月14日。盛大に開会式が行われ、アジア初の「万国博覧会」が幕を開けた。以下は、その概要である。

 ●名称:日本万国博覧会
 ●会期:1970年3月15日〜9月13日
 ●テーマ:人類の進歩と調和
 ●会場面積:約330万平方メートル(甲子園球場83個分)
 ●入場者数:6421万8770人
 ●一日最高入場者:83万人5832人
 ●出展参加数:海外92、国内32
 ●参加国:77カ国
 ●パビリオン:116館
 ●入場料:大人800円、青年600円、小人400円
 
 数字を眺めているだけでも、いかに莫大な規模のイベントだったかが伝わってくる。入場者数6421万8770人という記録は博覧会史上最高で未だ破られておらず、参加国の数も過去最大である。
 一日に83万人以上の人が詰めかけた日は、ついに入場制限が実施されたほど。万博に行った人に当時の思い出を訪ねてみても、真っ先に出てくる言葉が「とにかく人が多かった」「パビリオンに入るのに、何時間も待たされた」など。「マニアエキスポ2006」会場で出会った初老のご夫婦も、当時を振り返ってこう語る。「入場ゲートから長蛇の列で、身動きできないほど。入場ゲートまで辿りつけずに、会場周辺を走っていた電車の窓から会場を眺めるだけで、あきらめて帰っていった人も多かった」。運良く会場に入れた人も、入ってからが大変だった。今まで体験したことのない物凄い人波にもまれ、同行者とはぐれないよう、揃いの帽子をかぶったり、自分の腕と子どもの腕をひもで結んだりと、様々な工夫が見られた。

「万博記念館EXPO'70ホール(生活誕生館DILIPAの2F)」に展示してある、万国博覧会会場の模型。園内を走っていたモノレールや、移動に便利だった「動く歩道」も見える。当時、太陽の塔の周辺には大屋根があり、その下がお祭り広場になっていた。
「マニアエキスポ2006」展示より。太陽の塔を前に各国の
ホスト、ホステスが集合した大阪万博を象徴する一枚。
「マニアエキスポ2006」展示より。
どの写真を見ても人の数の多さに圧倒される。
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