万博というと真っ先に思い出されるのがパビリオン群だ。当時を代表する建築家たちが設計したパビリオンは、そのユニークな外観からして、人々に「とてつもない未来」を感じさせた。電気通信館の展示物「ワイヤレス・テレホン」のように、その後「携帯電話」として完全に実現したものもある。また「サンヨー館」に展示された「人間洗たく機」は、現在の介護用入浴装置のヒントにもなったという。
パビリオン中、最大の人気を集めたのがソ連館とアメリカ館だったというのも、あの時代を象徴していた。当時、両国は「宇宙開発戦争」のまっただ中で、展示物の目玉も「宇宙」に関するものだった。アメリカ館が、前年アポロ12号が持ち帰った「月の石」を展示して「人類初の月面着陸」を誇示すれば、ソ連館はウォストーク、コスモス97号などの人工衛星、宇宙船や、初の有人宇宙飛行を成し遂げたガガーリンの特大写真を展示し、「宇宙一番乗り」のプライドを示した。アメリカ・ソ連とも、まさに国家の威信をかけての「万博参加」だったのだ。
来場客は宇宙開発の「証拠品」を目の前にして、将来、我々も宇宙へ飛びだし、やがては宇宙で暮らす日が来るのだと夢に描いた。時は、ちょうど高度経済成長期。日本がもっとも元気な時代だったからこそ、大人も子どもも、万博の展示物を見て、純粋に「明るい未来」を夢見ることができたのかもしれない。
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「マニアエキスポ2006」展示より。
近未来的なデザインのパビリオンが林立していた。 |
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