阪急百貨店の営業畑ひとすじに歩いてきた千里阪急百貨店店長の山本尚之さん。出身は、世界的な前衛芸術家を数多く輩出していることで知られる京都芸大・彫刻専攻だ。アーティストと営業。つながらないようでいて、実は深くつながっているらしい。とりわけ、「再開発」という時代の大きな変革期を迎える千里ニュータウンにあって、人が考えないことを考え出すアーティストの発想は、なくてはならないものだ。
――京都芸大彫刻専攻は前衛的な造形で知られます。アーティストから百貨店店長への道のりを、少々お聞かせください。

「深い意味はないんです。高校の先輩や同級生が京都芸大に入ったので、『もしや、私も受かるかも知れない』と受験しただけで…。芸大の中でも彫刻専攻は確かに個性の強い人が多かったですね。悪ふざけをして、みんなでよく酒を飲んだものです。ひとクラス10名ほどですが、落第した人や他の学科の人が、たくさん集まりましてね。卒業後は少し別のことをやってもいいかなと思って、阪急百貨店の採用試験を受けたんですが、大学の友人は皆、『お前は3ヵ月ももたない、上司とけんかをしてすぐに辞めるはずだ』と(笑)。私自身も、実は3年くらい勤めて辞めようと思って入社しました。ところが、やってみると、百貨店の仕事は大変奥が深い。とくに阪急百貨店は入社4、5年の若い者にも、かなり大きな仕事を任せてくれます。宣伝部に変わって、専門の美術を生かしたいとも思ったんですが、営業が面白くなって、いつのまにかこの道ひとすじの生活になっていました」
――具体的に、どんなことが面白かったですか。 
「小さなことですが、例えば、品揃えをちょっと工夫する、売り場での見せ方を変えてみる。それだけのことで、売り上げや、お客さまの反応がまったく違ってくるんです。やりがいは大きいですね。以前いた阪急イングスは、全館スポーツ・アウトドア用品の店。ウォーキング用のシューズやウェア、ハイキング用品などをどうやって売るかを考えるために、私は、やったことのない登山もやりました(笑)。屋久島の屋久杉も見に行きましたよ。あのときは朝6時から、12時間ぐらいかけて歩き続けたんです。百聞は一見にしかず、やってみないと分からないという強い好奇心が頭をもたげてくるのは、芸大出の特性かもしれません。机上の空論では、お客さまの気持ちも、部下の気持ちも分かりませんから。芸術は、経営や接客には全然関係がないように思われるでしょうが、いつも人と違うことを考えているという点では、職場を混ぜっ返して、何か変化を起こす力が、多少はあるのかも知れません」
――4月から阪急百貨店「千里阪急」店長に就任されました。北摂をどう感じ、どんな変化を巻き起こされるのでしょうか。
「千里ニュータウンの第一印象は、やはり“人工的なまち”でした。私が高校3年のときに、万博が開催されました。新御堂筋が開通し、級友と一緒に千里中央まで車を走らせたんですが、『なんか、外国へ来たみたいやなあ!』と興奮気味に話したのを覚えています。最初から計画的に道路が造られていますから、このあたりは道路が本当に便利です。空港からも、名神高速道路からも、新幹線からもすぐ。東京には、こんなにアクセスのよい土地は無いでしょう。
北摂の人の印象としては、上質感、インテリジェンスを感じます。行動力があり、日本だけでなく世界の都市を訪ねていらっしゃる方も多い。だから値段ではなく、商品の裏に隠された文化とか趣味、伝統に惹かれて品選びをされている。一般的な、ありふれたものや、中途半端な大量生産のものは売れません。こういった地域では、われわれがちょっとラクをすると、お客さまにすぐ伝わります。陳腐化がいちばんだめですね。常に動くこと、変化していることが重要です」
――常に変化するために、具体的にはどんな行動を?

「千里阪急に行ったら何か面白いことがある。変化がある。ちょっと得した気分になる。最新情報が入ってくる…だから百貨店に来てもらえるのです。ファッションの流行を追うような、モノだけ並べていても、うちのような郊外型の小さな店舗ではすぐに飽きられてしまいます。毎日、足を運んでも、何か変化が感じられる店づくりにしなければだめですね。それで最近、地下の食品売り場を改装し、スペースを広くしました。目も舌も肥えていらっしゃる方々に、よりおいしいデパ地下の料理を、たくさんの種類お出ししたい。また、この店ならではの名物料理も開発し、口コミで広がっていくようにしたいものです。千里ニュータウンの第一世代は、いま70代前後が多いんですが、40代前後の第二世代へ、そろそろ代替わりの時期が近づいています。そういった変化への対応も必要になってきます」
――代替わりという言葉が出ましたが、阪急不動産が北摂・千里の再開発に乗り出しています。若い世代が増えそうです。
「まちの成長とともに、店も変わることになるでしょう。百貨店は、お客さまに育てていただくものなので、若い世代が増えれば、それなりに若い人たち向けの品が増えていくでしょう。最近の北摂では、新しいマンションが次々に建設されており、年齢別の人口のピークが30歳という地区さえあるそうです。これまでのお客さまは50歳から70歳が中心で、男性はリタイアされた方が多かったんですが、今後は子育て世代も、確実に増えて来ます。再開発が始まれば、もっとこの傾向は強くなります。もう、お客さまの年代別に企画を考える時代ではありませんが、知恵を絞って、ノンエイジで、上質なモノや情報を提供することが大切だと思います。千里中央は小さい商圏なので、梅田の本店のように商圏を広げるという発想は当たりません。北摂・千里の中で、いかに『千里阪急』のファンになっていただくか、ということがカギになりますね」
――北摂・千里での「千里阪急」の役割も、今後大きくなる一方ですね。
「郊外店は、地域のオリジナリティがないと、お客さまに支持されません。大きい店と違って、小さくて、お客さんが毎日のように来られる場合は、『いつもそこにある』という感覚も必要でしょう。今月の限定販売とか、何か新しい企画で変化をつけながら、いつもある安心感も大切にしたい。ソフトとしては、この地域はミュージシャンでも超一流の方が、有名楽器店のレッスンルームを借りて練習しているとか、ライフサイエンスビルのアトリウムでライブを開いているとか…。私も、この近辺を歩いて情報収集し、それぞれ「点」で活動している方々と手を組み、なにか新しいイベントを企画するとか、面白いライブや展覧会などを手掛けていきたい。モノを売るだけではなく、この北摂・千里の文化情報発信基地としての役割こそ大切です。要するに、小さいけどキラッと光るもの、宝石みたいな店になればと思っています」
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