MBSラジオ「ごめんやす馬場章夫です」は関連番組も合わせると、実に33年間もの長寿番組になった。現場主義をモットーに日本国内だけでなく世界中を自分の足で歩き、自分の目と手で確かめ、レポートする。平成のマルコ・ポーロと呼ばれるゆえんである。そんなバンちゃんが、もっともオモロイ、ユニークなまちというのが、地元、千里ニュータウンなのだ。
――千里ニュータウンは“第二のふるさと”だそうですね。

「私はこう見えても慎重で、京都から大阪に引越してくるときには、新築や中古のマンション物件で条件に合うところを探し回り、やっといまのところを探し当てました。連れ合いと一緒に、サンマとグリルを持って行って実際に焼いて、煙たくないかとか、排気は大丈夫かとか、バケツで何杯かの水を一気に流しての排水チェックとか、そこまで調べましたよ。住み始めて24、5年になりますが、とても満足しています。決め手は仕事場の放送局が近いこと。共働きだったので豊中市の保育所が充実していたことも気に入った要因でしたが、いちばんは大阪空港にも新幹線にも各高速道路のICにも近い立地。現在では大阪モノレールと地下鉄の縦と横のライン。きわめて交通環境の良い稀な場所で、私は“千里中央”ではなく“世界中央”だと言っています。“交通環境の良さ”は毎日取材に出かけ、次の日には放送する、という仕事をこなすためには絶対必要条件でした。ふつう交通の便がいいと、自然環境は悪いものですが、私の住まいは一方の窓から、千里中央駅周辺のミニ摩天楼のようなビル群が見え、反対側の窓には深い林と竹やぶの丘陵地が迫っている。開発前の千里丘陵がそのまま残されて公園になっているんです。池があり、トンボや亀や蛇がいます。窓際に果物や餌を置いておくと、いろんな鳥が寄ってきてくれます。子どもが小さい頃は、カエル取りやヘビ取り、昆虫採集、どんぐり拾い…いろんな遊びをしました。いまも私の大好きな散歩コースです」
――まち開きから44年。千里ニュータウンの高齢化と建物の老朽化がマスコミなどで指摘されています。 
「確かに、お年寄りは多いです。建物も、うちの棟は万博の年にできたアパートですから築36年ですが、何の問題もなく快適に暮らしています。ここ、千里ニュータウンは実によくできたまちやと思います。大阪府と国が総力を挙げ、インフラなど基本計画も完璧に練り上げられた、日本で最初のモデルニュータウン、人工のまちです。私は地球上のかなりの土地をこの足と目で確かめて来ました。オモロイことに、外国で千里ニュータウンとウリ二つ、全く同じような風景を見かけてびっくりすることがあります。計画を立てるときに、担当者が世界中の住みやすいと言われる団地を視察して、いいところをどんどん取り入れているから、千里の風景は世界の住みやすくて快適な団地の風景と言ってもいいくらいです。千里ニュータウンは当時の世界最高規格でつくられたわけですね。
高齢化は進んでいますが、人間関係はすごくいい。私の棟は70戸ですが、身勝手な人は一人もいません。独り暮らしの家はどこかとか、役所はプライバシーだからと言って教えないんですが、私らはみんな知っています。ベランダとベランダの間の間仕切りを破って、具合が悪くなったおばあちゃんを助けたこともありますよ。住民の仲がいいから、建物もちゃんと手入れをして、大事に使っています。まだまだ快適に住めます」
――千里ニュータウンには、コミュニティがちゃんとあるということですね。
「少なくともうちのアパート周辺は、豊かなコミュニティがあります。ただしコミュニティというものは、待っていたらできるものではなく、住民の一人ひとりが意識してつくるしかないんです。人間は「家に住む」のやなくて「まちに住む」。まちがだめだったら、住空間としてはだめですね」
――では、バンちゃん流、コミュニティの育て方を教えてください。

「ちょっと歩いていて、ええなと思ったり、面白いと感じるものに出くわしたら、思い切ってのぞいてみることです。自分の住んでいる地域に興味と愛着を持つこと。何か新しいものができたりしたら、すぐに行く。自分のまちを、もっと楽しまんとあかん。そんな見方で他所のまちを見てみるのも面白いですよ。例えば、このあいだも宝塚市の郊外を歩いていて、「金ゴマ」という看板を掲げたお店兼倉庫を発見。辺鄙なところにあるので、知らなかったのですが、社長さんに会って話をしたらオモロイ話、役に立つ話がいっぱい。あれ以来、うちの食卓には、金ゴマのゴマだれがちゃんとあります。知っているつもりでも、案外分かってないもの。まちを歩いて、人と関わることが大事や思いますね」
――阪急不動産による、北摂地域でのマンションの大型プロジェクトがスタートしていますが。
「千里ニュータウンの開発計画が始まったのが1958年で、62年に入居が始まりましたね。北摂エリアもほぼ同時進行で開発されてきました。それからほぼ50年。当初の役割と使命は一応終わったんやと思います。新しく次の世代の人が入ることで、新鮮なパワーが注入され、千里北摂エリアは次なる50年へと向かう。まちの“生まれ変わり”の瞬間に立ち会えると思うとワクワクしますね。再開発は、私は“神社の遷宮”みたいなものやと思っているんです。住民の一人として、プロジェクトは良心的にやってほしい。部屋の設計やまちづくりの計画は、日常生活を基本に考えてほしい。例えば最近の住宅の台所は見た目はきれいですが、実際、魚を焼いたりはしにくいんと違いますか? うちの連れ合いに言わせると、料理をしたことがない男性が設計するから、使いにくくなるんだろうと(笑)。住まいは体の一部みたいなものです。買う方も、日常生活を基本にじっくり調べて買うべきですね」
――日常生活を基本に考えるというと…。
「住まいは生活の現場です。うわべの華やかさではなく、地に足の着いた生活マニュアルをつくらなあきません。『あっちはいろんな種類の玄米がある店、こっちは少量の米から宅配してくれる米屋さん』とか『コロッケが旨い店はここ、ええ黒豚を置いてる肉屋はこの店』、あるいは医院の評価とか、そういう生活密着情報が大事なんです。いま私とこでは、北摂・千里の店舗や商品を歩いて調べた、値段や商品の産地などの膨大な情報がまとまりつつあります。例えばかぼちゃなんか、ものすごく面白いですよ。日本かぼちゃと西洋かぼちゃとの違い、水を吸うのはどれかとか、産地、輸入先、もうゲームのような面白さです。店頭調査を通して、日本や世界の経済、農業、漁業、社会の変化まで全部分かってきます。ぜひ皆さんも、わがまちのマニュアル本をつくってみましょう!」
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